全部いやになって三日目の朝
インスタ発信をやめて3日たった。わかったことはめちゃくちゃ体調がよくなったのと、積み重なった眼精疲労はそうそう治らないということ。引き続き頭痛と眼痛に悩まされている。だったらパソコンでブログ書くのも休めよって感じだよね
それが必要な情報か否か以前に、大量の情報を受けるのはかなりストレスフルなんだろうなと考察するし、私の場合は大量に群がるウヨさんとレイシストのスーパーあほあほコメントも見ていかないといけない、プラス素人とは言え、正確な情報を発信しなくてはならないと考えているため、投稿する前にめちゃ調べる・考える。プラス、私のターゲット層は政治や社会問題に対して、初心者~中級者なので、「わかる言葉」で伝わる投稿をしなくてはならない、マーケティング的にもめちゃくちゃ考えている。
何が言いたいかというと、ガザの大虐殺が起きる以前から、私の処理できる情報量ギリギリで発信していたのだろうと思う。精神的にもギリギリ。言い訳だーといわれるならそれでいい、というか、そういうことを簡単に、反射的に、人に言い放つ人はどうかと思うヨ。
発信が怖すぎて無理だけど、批判はしょうがないけどサ…
実はインスタ再開は三日後と決めていた。
理由は特にない。
ちなみに休むことにしたのは、なんてことない誤字の指摘で尋常ではないくらい落ち込み、視界が暗くなり、過去メンタルのお薬に少し頼っていたときと似た感じになっていたからだ。「沈黙は虐殺への加担!」という声が脳裏に浮かんだが、「でもそれで私が死んだらあなた私の自殺に加担することになりそうですけど、大丈夫ですか?てかインスタ距離おくだけでボイコット運動引き続きやっているから沈黙ではないですよね?」と脳裏でアンサーされたので、休むこととした。
私の精神状態は異常だと感じた。
もっというと、他でも私の意図しない形で情報が伝わってしまったり(無断転載とか)、私に向いていないはず(ほんとは向いてたのかもしれないけど)のたくさんの厳しい言葉で、いちいち傷つくようになった。(行動していないやつは虐殺に加担している的なやつ、私は行動している方だと思うので、多分私に向けた言葉ではないはずだが、諸に食らっており、「じゃあ私が死んだら虐殺とまりますか?」とか考えていた。)
で、希望的観測として3日くらい休めば戻るだろうと思った。
しかし全然回復していなかった。
とりあえずイスラエルのボイコット運動(私の投稿でいう「おきかえ」)の第二弾の投稿自体は用意できていて、今日それを投稿しようと思っていた。
しかし、投稿するのが怖い。
小さなミスも許されない感じがする。批判は大切だが、私はネトウヨでもレイシストでもないのに、すごくきつい言葉でDM送ってくるひとが最近増えたきがしていて。フォロワーが増えたせいかもしれないが、今までのインスタはこういう感じじゃなかった。そういう旧Twitter的なコミュニケーションがいやで、Twitterやめたのにどうしてこうなった。
私は普通のことばで普通に指摘されれば、普通に謝るし普通に投稿取り下げるのに、やれネトウヨやレイシストと同じ温度感で責められるのは違うと思う。
自分でいうのもなんだけど、私は話せばわかる人だ。
確かに、一部の社会問題系のアカウントは優しく言っても強くいっても全然伝わらず、人権に対して勉強不足過ぎておはなしにならないというのもある(そういうアカウント5つくらい知っている)(最近、問題になっている某サスティナブルアカウントも仲間入りした)
ただそれらと私を一緒にしないでほしいと思う。
もう一つ、批判も批判でお作法があると思う。
何らかの差別的な投稿やデマをながしていて、強い言葉で非難することは全く別だけど
簡単な誤字を永遠にコメントに書き続けるとか、私の投稿ではないのに「改めてください」と強い言葉で言われたり。
「それって対面で人に言えますか?」みたいな言葉でただぶつけてくる感じや、過剰に上から目線のものなど
私は「そこまで言われるレベルの」レイシズム・デマを流したことはないと思う。誤字の指摘に関してはそこじゃないだろ思うし、動画の文字起こしお前でやってみろという気持ちになる
ただでさえ批判慣れしている人は多くない、私もおそらく慣れていないほうだと思う。
「対面で言えますかそれ?」を基準にしてほしい。
とはいえ、さっき取り上げた「一部の社会問題系アカウント」は人権に対して知識が浅すぎて、本当におはなしにならず、どう対応すべきかわからない。
なまじフォロワーも多いため、デマを流している場合に放置しておくのも危険。
でも、どれだけ正しくても厳しい言葉で厳しい批判がくることで傷つく気持ちもわかる。
ただデマは本当に害悪なので、なんとか伝えたいけど…伝わらない…。
とりあえず心理的安全性について勉強する
投稿は用意できているが、その投稿で今の私に強い言葉の批判がきたとき、死なない自信がないので、もう少し見送る。
さっきの「一部の社会問題系アカウント」に対しても、自分にたいしても、必要なのはおそらく心理的安全性だ。
心理的安全性についての本を購入したので、とりあえず読んでみることにする。
そうすれば私の今後の発信をどうするかとか、いろいろ見えてくるものがあるかもしれない。
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